アルツハイマー型認知症の治療に関しては、アミロイド仮説が基本になっていて、100年前と状況はあまり変わっていません。アミロイド仮説の考えでは根本的な治療は無いという事が、歴史が物語っています。そして近年、一部の製薬会社はその可能性を示唆するものの、多くの製薬会社がアミロイド仮説に基づいた新薬開発を断念しています。
2018年
アメリカのメルクがアルツハイマー病による健忘型軽度認知障害を対象に行っていたベルベセスタットのP3試験「APECS」を中止すると発表した。
2017年
米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏は、認知症の治療法の開発などを支援するため、研究基金やベンチャー企業に計1億ドル(約113億円)を投資する方針を明らかにした。
エーザイが「米Biogen社が開発中の抗アミロイドβ抗体薬aducanumabの共同開発・共同販促のオプション権を行使するよう提携契約を拡大した」と発表。
2016年
アメリカの大手製薬会社・イーライリリーが、臨床試験を実施していた「ソラネズマブ」という抗アミロイドβ抗体について、医薬品としての承認申請を行わないと発表。早期認可が期待されていたが、最終段階の国際共同臨床試験・EXPEDITION3の結果、偽薬と比べ、明確な有効性の差が示せなかったためです。
イギリスの有力科学誌「ネイチャー」にアメリカのバイオジェン社が開発する抗アミロイドβ抗体「アデュカヌマブ」が初期の試験で有効性を示したことが報告された。
2014年
理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、既存のアルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)モデルマウスよりも、アルツハイマー病患者脳内のアミロイドの蓄積を忠実に表わす、次世代型アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)モデルマウスの開発に成功。
「リコード法」と呼ばれる新しい治療法を確立したのは、この分野で30年にわたり研究を続けてきたデール・ブレデセン医師。ブレデセン医師は、後の2017年8月、リコード法についてまとめた書籍『アルツハイマー病 真実と終焉』を本国アメリカで一般向けに発売
2012年
米製薬大手のファイザーとジョンソン・エンド・ジョンソンは治療薬として開発を進めていた「バピネオズマブ」の第3相試験に失敗し開発継続を断念している。
ライターコメント:日本では、2011年7月を最後に、アルツハイマー型認知症に対する新薬は登場していません。患者数が増加しているにも関わらず、ここまで長期にわたって新薬が出てこないケースは珍しいそうです。
2011年
日本国内で、認知症薬3種類が発売。ガランタミン(同レミニール)、リバスチグミン(同イクセロンパッチ、リバスチグミンパッチ)、メマンチン(同メマリー)の3剤が新たに発売されました。
「ガランタミン臭化水素酸塩(商品名:レミニール)」
ガランタミンは、2011年3月にアルツハイマー型認知症の治療薬として発売されましたが、この薬が最初に作られたのは1951年にさかのぼります。この薬もドネペジル(アリセプト)やリバスチグミン(イクセロンパッチ、リバスタッチ)と同じアセチルコリンエステラーゼ阻害剤ですが、2000年に欧州で承認され、2010年には海外73カ国で発売されている薬です。
「リバスチグミン(商品名:イクセロン/リバスタッチパッチ)」
1997年7月に、すでにスイスのサンド社からイクセロンという商品名で、カプセル剤として欧米をはじめ約80カ国以上に発売されていました。
2010年
Jackらによって提唱されたアルツハイマー型認知症の病態発現仮説では、アミロイドβの異常が先行し、それに続いてタウによる神経細胞障害が出現し、さらにこれらに引き続いて脳構造の異常・記憶障害・臨床的な機能異常が順次出現するというpathological cascadeが提唱された。
佐賀女子短期大学の人間生活学科の長谷川亨教授がカリフォルニア大学との共同研究によりアルツハイマー型認知症の一因とされるホモシステイン酸のマウスにおける抑制ワクチンの開発に成功したとの論文を発表
2002年
アルツハイマー型認知症の病理は、まずアミロイドβが脳の神経細胞外に蓄積し、老人斑を形成すると、タウ蛋白質のリン酸化が起こり、凝集し、神経原線維変化を起こします。次にアミロイドβの蓄積の過程で生じるオリゴマーや神経原線維変化が神経細胞の機能障害を誘発し、細胞死に至らしめるという考え方です。
1999年
1999年12月からエーザイから発売されました。この薬が認可されて10年以上経過しおり特許も切れ、現在は多くのジェネリック薬が後発剤として発売されています。
1977年
スイスのサンド社からイクセロンという商品名で、カプセル剤として欧米をはじめ約80カ国以上に発売されました。日本で発売される以前から世界各地でこのイクセロンはアルツハイマー型認知症の治療薬として使用されていました。
1970年代後半からの神経伝達物質の研究によりアセチルコリン(Ach)作動性神経系の障害がアルツハイマー型認知症における認知症発現の主因であるとするコリン仮説が提唱されました。
1920年代後半に、老人班を主に構成している物質は、アミロイドと呼ばれるたんぱく質である事が分かった。また、電子顕微鏡の登場で、老人班の中心にあるのはアミロイドで、ベーターシート構造というタンパク質によくある立体構造を持った細い繊維状のものである事も分かりました。
1911年
1910年
G.Perusininoの論文によって明かになった。症例は、D.Auguste(女性)55歳で死亡し、その脳が萎縮し、老人班や神経変移がみられる事を報告。アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)として世界で初めて報告された患者です。
1906年
第37回南西ドイツ精神医学会で、ミュンヘン大学のアルツハイマー博士は臨床的に老年痴呆と診断された症例の剖検初見で、神経細胞内に特異な大脳皮質の変化について報告した。