認知症の一歩手前の状態を「軽度認知障害(MCI)」といいますが、新たに「軽度行動障害(MBI)」というものが、アルツハイマー型認知症と診断される前の記憶障害が現れる状態として提案されています。
初期認知症の兆候を測る新指標MBI
「もの忘れ」など記憶力に影響が出るイメージが強い認知症ですが、“初期症状”として表れる状態はさまざまです。初期だから診断が難しく、異変のグレーゾーンが広いこともあり、放置しているうちに症状が加速してしまう例も少なくありません。
そんなごく初期の兆候を測る新指標として2016年、国際アルツハイマー病会議で発表されたのが、
「軽度行動障害(MBI)」という状態です。
これまで認知症に先立つ状態としては、「軽度認知機能障害(MCI)」が一般的に知られてきていましたが、
認知機能障害に先立って「心理社会的障害」が生じるという指摘もあります。まさにMBIのポイントもそこにあると言われています。つまり、「情緒面」の変化を測る項目が網羅されているという点が新しい点と言えます。しかし情緒面が絡む変化と言われてもこれを測るというのは難しいですね。
認知症初期兆候としての「症状」なのか、もともとの性格によるものなのかという見極めが難しいと思うのです。
一般的に、加齢とともに理性が薄れ、本来の性格が出てくるという傾向もあるのが事実です。つまりこれまで理性で保たれていた部分が、加齢による機能低下とともに徐々に個別的な本質が見えてくるということです。情緒面が絡む分、本人の主観だけでは測りづらいですし、さらに認知症は本人が症状を自覚していないケースも多いので、家族をはじめ周囲の客観的なチェックが重要になって来るのだと思います。
東京医科歯科大学医学部附属病院・特任教授で認知症専門医の朝田隆氏がこう解説されています。
「これまで認知症の初期段階を示すものとして記憶力などの低下を測る『軽度認知障害(MCI)』ばかりに注目が集まっていました。しかし認知症の初期では認知機能に変化が見られる前に、心理的社会障害という精神的な変化が生じることが分かっています。MBIは、認知機能以外の情緒面などの変化から認知症の兆しを捉える新しい物差しといえます。個々によって症状も進行具合もそれぞれで、必ずしもMBI→MCIと進んでいくものとは言い切れませんが、早い段階でチェックすることをおすすめします。本人だけでなく、家族や周囲の人も一緒に確認すると良いでしょう」
MBIのチェックリストとは
軽度行動障害(MBI)のチェックリストの質問は次の5つの種類に分かれていて、アルツハイマー病、認知症の早期診断を手助けするものとなっています。
- 物事への意欲や関心。
- 不安や気分について。
- 物事を楽しめるか、衝動や行動を自分で制御できるかどうか。
- 社会のルールを守り、節度を保って行動できるかどうか。
- 思考について。
以下にいくつか書き出してみました。質問の内容に該当する場合は「はい」を選択し、症状の程度により3段階で答えるようになっています。質問の内容にある症状が高齢になってから現れたもので、6か月以上続いている場合のみ「はい」を選択します。
- 物事への意欲や関心
友達、家族、家事への関心を失っている
これまで関心を持っていたことへの好奇心がなくなっている
自発性や行動性が乏しくなってきている 例:会話を始めたり続けたりするのが面倒になってきた
- 不安や気分について 喜びを感じにくくなった
将来を悲観したり、うまくいかないと感じたりしてる
自分が家族に負担をかけている、お荷物だと感じてしまう
- 物事を楽しめるか、衝動や行動を自分で制御できるかどうか
神経質もしくは、怒りっぽい、また発言が攻撃的になった
イライラ、不満が多くなり、トラブルが増えた。待つことができない。
食べ物がおいしい、食事が楽しいと感じられなくなった
買いだめするようになった
一つのことを繰り返すようになったり、強迫的に反復したりしてしまう
- 社会のルールを守り、節度を保って行動できるかどうか
自分の言葉が相手に与える影響を気にしなくなった。相手の感情に対して鈍感になった
性的でみだらな発言が目立つようになった
公的な場と私的な場面でのふるまいについて、正しい判断が出来なくなった
- 思考について
自分のためなら、他者を利用したり他者に危害が及ぶようなことでも必要だと信じる気持ちが強まった
他人の気持ちや思いについて、疑り深くなっている
実在しない人や魂の声、を見たり聞いたりしたと言う
まとめ
アルツハイマー協会の主任科学官であるカリロ博士は、〝アルツハイマー病や認知症は単なる記憶障害ではない〟として「記憶の問題として考えることをやめ、認知症の潜在的な前触れなどの行動症状を考える必要がある。」と語っています。MBIのチェックリストは〝医師がより早く、より効率的に正確な診断に達する可能性がある〟と、非常に意義があるものとして高く評価しているようです。
これまで軽度行動障害(MBI)の診断は、他の精神病との区別が難しかったようで、本当は認知症の治療が必要であるのに精神科的な治療や投薬が行われたために、症状が悪化したり副作用で辛い目にあっていたというケースも少なくないようです。MBIのチェックリストを活用することで、認知症の芽にいち早くアプローチできるようになればいいなと思います。